情報発信・公開を効果的に行うための方策の検討(1)
−AHPによる情報発信・公開に関する考え方の検討−
 
 
山口県環境保健研究センター
溝田 哲,吹屋 貞子,長田 健太郎,珠山 光顕
 
 
Discussions on an Effective Information Publishing(1)
-An Examination of Information Publishing by AHP-
 
 
Satoshi MIZOTA・Sadako FUKIYA・Kentaro OSADA・Mitsuaki TAMAYAMA
Yamaguchi Prefectural Research Institute of Public Health
 
 
はじめに
 情報の発信・公開を行う場合,発信・公開する側はどの様な理念でどの様な情報を発信・公開するか,受信・閲覧者側はどの様な情報をどの様な形で求めているかなどを十分検討した上で行う必要がある.
 近年,インターネットホームページの利用が急激に増え,企業や行政組織のほとんどがホームページを開設し,情報を発信・公開している.しかしその中には,どの様な理念で情報発信・公開を行っているのか判然とせず,単に資料を並べているだけのものもあり,発信・公開の理念を十分検討して受信・閲覧側に利用価値の高い情報とするよう努力する必要がある,と指摘する識者もある.
 そこで,近い将来環境保健研究センター(環保研)においてもより広い情報の発信・公開を求められるであろうことを考え,環保研が「どの様な目的」で「どのような情報」を「どのような方法」で情報発信・公開(情報発信)を行えばよいのか,当所(葵庁舎,大歳庁舎)職員を対象にその要因の検討を意志決定のための手法の一つであるAHPを用いて試みた.
 
方法
 意志決定は,人間の曖昧で主観的な要素が含まれるために定式化が難しい.また,このような要素を含む自然科学的な計量が難しい尺度の計量は,人間の直感に頼らざるを得ない.このような意志決定問題を扱う方法としては,Saatyが提唱した意志決定の支援ツールであるAHP(Analytic Hierarchy Process)1)がある.これは,決定に関する要素を階層構造で把握し,異なる尺度の要素や人間の曖昧な主観的判断も取り入れ,それら要素の重要度を総合的に求めて意志決定に利用するものである.
 ここでは,このAHPを利用して,情報発信に関する要素の重要度(ウエイト)を把握し,得られたウエイトが示す各回答者のパターンを統計的手法により検討し,情報発信に関する考え方(意識)の把握を行った.
 
1 情報発信に関する要素を抽出するためのアンケート 調査 
 情報発信を行うための意志決定作業の流れは,図1のような階層構造で扱うことが出来ると考えた.したがって,調査方法は各階層ごとにどのような要素があるかを「目的」「内容」「方法」及び参考として加えた「内容の難易度」「発信対象」の5つの項目について自由に記述してもらうものとした(表1).調査票作成段階で,このような方式では回答しづらいので例示をするか選択方式にする必要があるのではないかという議論があったが,先入観を与えたり回答を制約したりすることになるとの理由から自由記述方式を選択した.
 
2 AHPによる検討
 アンケート調査結果から得られた要素を階層図にまとめ,対象者が持つ要素の優先度・重要度(ウエイト)を一対比較(表2)により調査した.
 一対比較調査の結果からAHPにより各要素のウエイトを求めた.AHPの計算は,文献1)を参考にして筆者が作成したパソコンプログラムで行った.
 目的からすれば,得られたウエイトから環保研としてはどのような目的・情報・方法を重視しているかを把握するのであるが,ここでは葵庁舎と大歳庁舎を別々に考え,最終的に環保研としての意識を検討することにした.それは,両庁舎が設立目的も設立年度も異なることから,各々に特有の歴史的意識が存在する可能性が考えられるからである.
 
3 AHP結果の統計的手法による検討
 情報発信に関する意識には,葵庁舎,大歳庁舎さらには環保研それぞれに特有の或いは共通するものがあると考えられる.その共通因子を探るため,要素間の関係(相関関係)について主成分分析による検討を行った.
 また,情報発信に関する意識がウエイトの回答パターンに表れていると考えて良いので,クラスター分析(要素ウエイトからのユークリド距離,ワード法)によって回答者のパターン分類を行った.得られたグループについて,その平均的なウエイトパターンなどから各庁舎及び環保研の情報発信に関する意識について検討を行った.これらの統計的手法は統計解析ソフト「StatPartner」を用いて行った.
 
結果と考察
 
1 要素抽出のためのアンケート調査
 結果を表3〜4及び図2に示した.多くの回答が得られたが,全体としては少数の要素を多数の者が記述しており,回答者の意識は似通っていることが推測された.それらを整理したものが表4である.情報発信・公開の必要性に関する回答の結果(表3)は,「情報発信・公開が必要である」との回答が70%近くあり,「必要ない」「わからない」のなかには「他で発信・公開している情報が多くオリジナルな情報が少ない」などのコメントが多くあり,情報業務そのものが必要ではないという回答は少なく,全体としては情報業務に対する意識の高さが伺えた.
 整理した要素(表4)を階層構造に整理したものが図2である.これを見ると,目的「調査研究成果の公表」に対して情報「図書データベース」の評価をしなければならないなど階層間の要素の繋がりにやや不自然さがみられるものなどがあるが,AHPが一般的な解を得るものではなく,意志決定者(環保研)の問題意識に沿った最適解を得るものであるので,今回はそれらを含めて解析した.
 
2 一対比較調査
 表2に示す方法で行ったが,回答する量の多さを指摘するコメントや比較判断のレンジが広すぎて(−7から7の13段階)回答しづらいというコメント,整合性を意識すると回答がひどく煩雑になってしまうというコメントが得られた.また,「調査研究成果の公表」という目的のために発信する情報として「保有図書データベース」を評価する場合に「回答できないのでは」というコメントを付ける回答者もあった.したがって,一対比較調査は全体としてひどく回答しづらい調査方法であったという結果になった.
 
3 AHP
 結果を表5表6に示した.前項で述べたように問題はあったものの全体としてそれ程不合理ではなくほぼ納得できる結果が得られた(整合度指数CI:平均0.09,レンジ0.0〜0.51,標準偏差0.12)と考える.
 葵庁舎又は大歳庁舎として(グループ)のウエイトは,本来なら各回答者の一対比較結果の幾何平均から求めるのであるが1),回答評価値のレンジに違いが認められ(表7,8),一律に幾何平均することは適当ではないと考えこの方法は用いないことにした.というのは,狭い範囲の評価値回答について,例えば「評価値2」が「評価値範囲1〜7」の中の「評価2」という意識のもとでの回答であれば幾何平均からグループのウエイトを得るのが適当なのであるが,その点が判然としないということである.そこで,回答者別に求めたウエイトの平均値がグループのウエイトになり得るかどうかを検討した.その結果,全体として対象間でウエイトのばらつきが大きく(表5表6)安易に平均値をグループのウエイトとするのも適当ではないと考えられた.したがって,回答者を要素のウエイトパターンによって少数のグループに分け,そのグループの平均ウエイトから各グループの特徴を検討し,総合的に情報発信に関する意識の整理をすることにした.
 
4 AHP結果の統計的手法による検討
(1) 主成分分析
 結果を,図に示した.目的と発信する情報については,両庁舎に大きな差は認めらない.発信の目的では,第T主成分と第U主成分で累積寄与率79.6%(葵)と80.5%(大歳)で,第T軸は社会的活動性に関する要素の主成分負荷量(負荷量)が大きく,第U軸は調査・研究に関する要素の負荷量が大きい.発信する情報では,第T主成分と第U主成分で累積寄与率71.2%(葵)と67.6%(大歳)で,第T軸は業務内容に関する要素の負荷量が大きく,第U軸は研究に関する要素の負荷量が大きい.
 方法については両庁舎に違いが認められた.葵庁舎は第T主成分と第U主成分で累積寄与率58.3%であった.第T軸が調査研究発表に関する要素の負荷量が大きく,第U軸は社会的なPR等に関する要素の負荷量が大きい.大歳庁舎は第T主成分と第U主成分で累積寄与率59.0%であった.第T軸が年報・業績報告等の報告に関する要素の負荷量が大きく,第U軸は社会的PR等に関する要素の負荷量が大きい.
 以上の結果を総合すると,葵庁舎の情報発信に関する意識は「調査研究性」と「社会的活動性」という二つの次元で捉えることが出来,大歳庁舎では「業務報告性」と「社会的活動性」という二つの次元で捉えることが出来るものと思われる.したがって,両庁舎の情報発信に関する意識には全体として大きな違いはなく,強いて言えば研究性に重きを置くか否かという点に違いがあるものと考えられる.
(2) クラスター分析
 結果を図及び表10に示した.両庁舎ともに階層ごとに2〜3のグループに分けることが出来た.そのグループごとに平均ウエイトを求めたのが表10である.各グループについてウエイトの大さの上位3要素のうち2グループ以上に共通の要素をみると,
 ア 情報発信の目的について,
  葵庁舎では,
   調査研究成果の公表,業務内容の紹介,健康被害   危機管理支援
  大歳庁舎では,
   環保研のPR,業務内容の紹介,県民サービス
 イ 発信する情報について,
  葵庁舎では,
   業務内容,調査研究成果,保存測定資料目録
  大歳庁舎では,
   業務内容,保存測定資料目録
 ウ 発信する方法について,
  葵庁舎では,
   学会誌投稿,年報・業績報告書
  大歳庁舎では,
   年報・業績報告書,パンフレット
となる.
 以上の結果から,葵では「調査研究」及び「業務内容」に関係する事項を重視する者が多く,大歳では「業務内容」及び「社会的広報」に関する事項を重視する者の多いことが推察される.
 したがって環保研としては,主成分分析の結果も併せ考えると,「調査研究性」,「業務報告性」,「社会的活動性」の三点を重視した情報発信を考える必要があると思われる.
 
まとめ
 環保研が「どの様な目的」で「どのような情報」を「どのような方法」で情報発信・公開(情報発信)を行えばよいのか,当所職員を対象にその要因の検討を意志決定のための手法の一つであるAHPを用いて試みた.その結果は次のとおりである.
 ・調査票は,回答に要する労力を軽減することや整合  性を考慮することなく真に一対比較を行える等の改  良が必要である.
 ・環保研の情報発信に対する意識の高さが伺えた.
 ・両庁舎で意識に違いが認められた.
 ・同庁舎内でも意識に違いが認められ,それには2〜  3つのグループのあることが示唆された.
 ・葵庁舎では「調査研究性」と「社会的活動性」を重  視する傾向が認められ,大歳では「業務報告性」と  「社会的活動性」を重視し調査研究に対するウエイ  トがやや小さい傾向が認められた.
 これらの結果から,環保研としての情報発信・公開のシステムを設計するには,両庁舎での意識の違い及び同じ庁舎内でもその意識の違いには2〜3のグループのあることを十分考慮し,「調査研究性」「業務報告性」「社会的活動性」の三点を重視することが必要であることが示唆された.
 ここで得られた結果は,AHPが個人または組織の意志決定の1手法であることを考えると,調査時点での職員構成における最適解と考えられ,職員構成や調査時期がかわれば結果も変わることも考えられ,この点は考慮する必要がある.
 
 
文献
1)刀根薫:ゲーム感覚意志決定法,日科技連出版,(1986)