感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き
クリプトスポリジウム症
- はじめに
激しい下痢と腹痛を主症状とする原虫による感染症である。
水道水の汚染による大規模な集団発生事例も内外で報告されている。
この原虫は通常の塩素処理では殺滅できない点や浄水処理を適切に実施しないと十分な除去ができない場合があるため,新たな飲料水安全管理対策が求められている。
- 感染経路
ヒトのほか,ウシやネコなど多種類の哺乳動物に寄生する。
その腸管粘膜上皮細胞の微絨毛内で増殖し,やがてオーシスト(嚢子)を産生する。
オーシストは糞便とともに排出されるが,排出された時点で感染性を有している。
いわゆる糞口感染の様式をとり,汚染された食品,飲料水,手指を介して感染する。
- 患者への対応
治療薬がないため自然治癒を待つほかないが,エイズ患者などの免疫不全の状態にある患者では重症化する場合があるので注意が必要である。
患者の排泄物は確実な処理が必要である。入浴は最後にして,他の者との混浴は避ける。食産業の従事者は消化器症状がある場合には休業が望まれる。
- 医療従事者への注意
オーシストは手指や器具の消毒に使用される消毒薬の通常の濃度では死滅しないため,病院内感染を起こす可能性もある。
汚物で汚染された衣類やリネンは熱水消毒を行う。
また,フィルターの種類によってはオーシストの除去ができないこともあり,飲料水の清浄化には十分な配慮が必要である。
- 感染予防法
- 手洗いの徹底と紙タオルの使用(タオルの共有を避ける)
- 性行為の場合には肛門や糞便に触れないように注意する
- 牧場への立ち入りや,家畜(特に幼獣)との接触を極力避ける
- ペットの便をさわらない
- 野菜などのなま物はよく洗うか熱を通して食べる
- 湖,川,プールで泳ぐ時には水を飲まないように注意する
- 飲料水の清浄化
- 水道水などに汚染が認められた(広報された)場合には,指示に従い煮沸した水を飲む。
飲料水の質の劣化を避けるため,煮沸後時間をおかずに飲む。
- オーシストの大きさは4〜6 μm であり,一般的な家庭用フィルターでは濾過できないため,濾過粒径1 μm 以下のフィルターを使用する。
逆浸透膜法も有効である(例えば,米国NSF 標準53フィルターを用いる)。
瓶詰めの水でも,蒸留したもの,逆浸透膜を利用したもの,
1 μm 以下のフィルターを使用したものは安全であるが,一般的なマイクロフィルター処理水,カーボンフィルター処理水,オゾン処理水,
紫外線照射水,イオン交換水,脱イオン水,塩素殺菌水などは,クリプトスポリジウムを確実に除去
できない。
- 水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針の概要(厚生労働省水道課)1996.10(最新改訂2001.11)
水道におけるクリプトスポリジウム対策の必要性から水道事業者や都道府県が講ずべき予防的措置や応急措置について暫定対策指針が定められている。
水道水源における排出源の有無の調査や,指標菌である大腸菌あるいは嫌気性芽胞菌を検査し,糞便による水道原水の汚染の有無を把握することにより,
水道源水道水のクリプトスポリジウムによる汚染のおそれを判断する。
予防対策としては,浄水場はクリプトスポリジウムを十分に除去することができる浄水処理(急速ろ過法,緩速ろ過法または膜ろ過法)を行い,ろ過池出口の水の濁度を常時把握して,濁度を0.1 度
以下に維持するなどのガイドラインが示されている。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症
- はじめに
黄色ブドウ球菌はヒトの鼻腔や皮膚に常在しており,皮膚軟部組織感染症や慢性中耳炎,食中毒などの感染の原因となる。
MRSA は多剤耐性化の傾向が強く,易感染患者に対する病院感染の原因菌の中では特に注目されている。
- 感染経路
易感染患者では,患者に定着(保菌)している菌による内因性感染が主体である。
また,病院感染として医療従事者の手指,医療用具,留置カテーテル,手術や医療処置などにより感染する場合もある。
- 患者への対応
保菌者および感染症を発症している患者において,感染源を遮蔽する。
広範な褥瘡感染,気管切開患者,便失禁患者など排菌量が多い場合には,個室収容が望ましいが,感染部位を有効に遮蔽できれば個室収容にはこだわらない。
- 手術対応
鼻腔内MRSA 定着と自己感染(内因性感染)としての術後MRSA 感染症との関連性は明確でない。
しかし,MRSA が病院内の常在菌化している日本の現状を考慮するとき,術後感染症を惹起した場合には,MRSA 感染症の可能性に十分配慮した対処が必要である。
術前の消毒薬を使用したシャワー浴または入浴は,皮膚の微生物コロニー数を減少させるが,手術部位感染率を低下させることを明確に示すエビデンスはない。
皮膚切開部の消毒は,ポビドンヨード,グルコン酸クロルヘキシジンが有効であり,後者のほうが皮膚細菌を著しく減少させ,またその抗菌活性の皮膚への残留が大である。
MRSA の感染経路は接触感染であるので,手術室では通常のスタンダードプリコーションを確実に実行することが大切である。
手術後の部屋の処置は,目に見える汚染がなければ通常の清掃を実施する。
明らかに汚染がある場合には,両性界面活性剤,第四級アンモニウム塩で局所的に消毒する。
- 医療従事者への注意
基本的には接触感染であり,排菌量の多い患者を診療した後には医療従事者が汚染を受け,MRSA の定着が起こりやすい。
- 体位変換,患者清拭,ベッドメーキングなどに際して,塵埃が浮遊する可能性がある場合には,マスク,キャップ,エプロン,手袋で防御する
- 患者に直接接した器材や衣服は消毒もしくは交換する
- 患者に接する前後には必ず手指消毒を行う
- 手指消毒は速乾性擦式アルコール製剤もしくはポビドンヨード,グルコン酸クロルヘキシジンなどのスクラブ剤を用いる
- その他の基本的な衛生事項を守り,清潔に心がける
- 汚染物の滅菌・消毒
MRSA を含む黄色ブドウ球菌は,消毒薬に対する抵抗性が弱い。
ほとんどすべての消毒薬が有効である。
したがって,MRSA の消毒には生体毒性の低い副作用のない安全な消毒薬が適応であり,生体には生体用消毒薬を,環境や器具には環境用消毒薬を選択する。
0.2〜0.5w/v%両性界面活性剤,0.2〜0.5w/v%第四級アンモニウム塩,0.01〜0.02%次亜塩素酸ナトリウム溶液へ60 分間の浸漬もしくはアルコールによる清拭消毒をする。
熱を利用した消毒では,70℃・1分でも殺菌されるが,通常は80℃・10 分間の条件が適当である。
内視鏡はグルタラール,フタラール,過酢酸を使用した通常の処理をする。
- 患者環境
手術室の床や病室の床は日常の湿式清掃でよいが,清掃回数を増やして清潔に心がける。
また,消毒を行う場合には0.2〜0.5w/v%両性界面活性剤,0.2〜0.5w/v%第四級アンモニウム塩で清拭消毒する。
カート,ドアのノブ,トイレの便座などはアルコールで清拭消毒する。
浴槽の消毒は特別な汚染がないかぎり通常の処理でよい。
必要な場合には0.2〜0.5w/v%両性界面活性剤で清拭した後に温水でリンスをする。
- リネン類
シーツなど特別な汚染がない場合には日常の洗濯を行う。
MRSA による汚染が明らかな場合には,水溶性ランドリーバッグか指定のビニール袋に入れて運搬し,80℃・10 分間の熱水洗濯を基本とする。
設備がない場合には,通常の洗濯を行った後に0.01〜0.02w/v%次亜塩素酸ナトリウム溶液中で5分間浸漬する方法もあるが,脱色に注意する。
- 分泌物,排泄物
MRSA 患者からの分泌物が付着した汚染物は,院内では感染性廃棄物として密封して処理する。
クロイツフェルト・ヤコブ病
- はじめに
プリオンによる疾患である。
- 滅菌法
- 高圧蒸気滅菌 134℃・18分間
- 高圧蒸気滅菌 134℃・3分間をくり返し6回
- 1N NaOH浸漬2時間(腐食性あり)
- 1〜5w/v% 次亜塩素酸ナトリウム浸漬2時間
(参照:遅発性ウイルス感染調査研究班.クロイツフェルト・ヤコブ病診療マニュアル(改訂版).厚生労働省特定疾患対策研究事業2002.)