四類感染症とは,動物,飲食物などの物件を介してヒトに感染し,国民の健康に影響を与えるおそれがある感染症である。
媒介動物の輸入規制,消毒,物件の廃棄などの物的措置が必要とされる。
ウイルスの四類感染症
1)ウイルスの消毒
ウイルスの基本構造は,核酸のDNA かRNA のどちらか一方とそれを保護する殻蛋白(カプシドcapsid)である。
この殻蛋白は多数のサブユニットから構成されており,螺旋状もしくは正20 面体様の規則正しい配列となっている。
ウイルスは,脂質を含むエンベロープと呼ばれる膜で包まれている場合と,エンベロープを持たない小型球形ウイルスに分類できる。
消毒薬による不活性化を受けやすいか抵抗性かの違いは,エンベロープを有しているかどうかにより異なる。
エンベロープを有するウイルスは消毒薬に対して感性である。
多くのウイルスは56℃・30 分でカプシド蛋白質が変性して不活性化される。
エーテル,クロロホルム,フロロカーボンなどの脂質溶剤により,エンベロープを持つウイルスは容易に不活性化される。
エンベロープを持たないウイルスは,加熱処理に対しても抵抗性であり,小型であるため濾過による除去も困難である。
肝炎ウイルスでは,A型肝炎ウイルスにはエンベロープがなく,エーテルや酸に抵抗性があり,60℃・60 分間の加熱では不活性化されないが,70℃・30 分間,100℃・5分間で不活性化される。
E型肝炎ウイルスもエンベロープを持たないが,A型肝炎ウイルスに対する消毒法が有効とされている。
一方,B型肝炎ウイルスの抵抗性については,熱処理条件として,感染性不活性化実験で98℃・2分間(温度上昇4分を要す)とされている。
B型肝炎ウイルスの消毒薬抵抗性は,当初考えられていたほど強いものではないことが判明している。
大部分のウイルスに効果を示す消毒薬(消毒法)を以下に示す。
- 煮沸(98℃以上)15〜20 分間
- 2w/v%グルタラール
- 0.05〜0.5w/v%(500〜5,000ppm)次亜塩素酸ナトリウム
- 76.9〜81.4v/v%消毒用エタノール
- 70v/v%イソプロパノール
- 2.5w/v%ポビドンヨード
- 0.55w/v%フタラール
- 0.3w/v%過酢酸
2)疾患の特徴・媒介経路・感染防止
(E型肝炎,ウエストナイル熱〔ウエストナイル脳炎を含む〕,A型肝炎,黄熱,狂犬病,
高病原性鳥インフルエンザ,サル痘,腎症候性出血熱,デング熱,ニパウイルス感染症,
日本脳炎,ハンタウイルス肺症候群,Bウイルス病,リッサウイルス感染症)
- E型肝炎
病原体はE型肝炎ウイルス(従来はカリシウイルス科に分類されていたが,遺伝子構造解析により別の科に属すべきとされている)であり,
未分類のウイルスでエンベロープを有しないため,消毒薬抵抗性は比較的強いものと思われる。
糞便−経口感染が主体であり,ウイルスに感染したブタの糞便による食品や飲料水を介して感染する。
症状は,腹痛,食欲不振,濃尿,発熱,肝腫大,黄疸,吐き気および嘔吐である。
感染防止は標準予防策で行うが,排泄物には感染性があるものとして対応する必要があり,失禁があれば接触予防策を追加して実施する。
シカ肉の生食を原因とするE型肝炎ウイルス食中毒の発生事例が報告されている。
特定のシカ肉を生で食べて6〜7週間後にE型肝炎を発症し,患者から検出されたE型肝炎ウイルスとシカ肉から検出されたものの遺伝子配列が一致していた。
そのため,野生動物の肉などの生食は避けるべきである。
さらに,妊婦に感染すると劇症肝炎を発症し,死亡する率が高いという研究結果があるため,妊婦は特に野生動物の生肉を食べてはならない。
- ウエストナイル熱
病原体はウエストナイルウイルス(フラビウイルス科フラビウイルス属)で,エンベロープを有する。
1937 年にアフリカのウガンダWest Nile 地方の発熱患者から分離された。
カラスを含む野鳥と蚊の間で感染サイクルが維持される。
ヒトは感染蚊(イエカやヤブカなど)に刺されて感染する。
ヒトからヒトへの感染については,輸血や臓器移植を介した感染や,母乳を介した感染の報告がある。
潜伏期間は2〜14 日である。通常は6日目までに発症する。
臨床症状としては,突然の発熱(39℃以上)があり,頭痛や筋肉痛,食欲不振とともに,約半数で胸背部に発しんが認められる。
まれに高齢者を中心に脳炎を発症し,激しい頭痛や意識障害を呈する。
感染防止には標準予防策をとる。
- A型肝炎
病原体はA型肝炎ウイルス(ピコルナウイルス科ヘパトウイルス属)であり,エンベロープを有しない。
親水性であり消毒薬に対する抵抗性はかなり強いと思われる。
糞便−経口感染が主体であるが血液を介した感染もある。
ウイルスに汚染された飲料水や食物を介して感染することが多い。
上水道汚染,汚染食品などにより集団発生することもある。
症状は,突然の発熱と悪心嘔吐,右季肋部痛,尿の濃染などで,黄疸がみられることもある。
HA ワクチン接種が行われている。
感染防止は標準予防策で行うが,失禁があれば接触予防策を追加して実施する。
- 黄熱
病原体は黄熱ウイルス(トガウイルス科フラビウイルス属)でエンベロープを有する。
致死率の高い国際検疫伝染病である。ヒトやサルにネッタイシマカなどの蚊を介して感染する。
蚊に刺されてから3〜6日で突然の高熱で発症し,黄疸,出血などの症状が出現する。
感染防止には標準予防策をとるが,患者の血液による汚染には十分注意する必要がある。
- 狂犬病
病原体は狂犬病ウイルス(ラブドウイルス科ラビエスウイルス)で,エンベロープを有する。
キツネ,アライグマ,スカンク,コウモリなどの野生動物に感染サイクルが成立している。
日本国内では1957 年以降の発生は報告されていない。
症状は,不安・不穏,頭痛,恐水発作,全身痙攣,呼吸麻痺などを呈し,致死性である。
感染防止には標準予防策をとる。患者の唾液や体液などの取り扱いには注意する。
感染リスクの高いヒト(ウイルスを取り扱う専門家など)は事前に狂犬病ワクチンの接種を行う。
- 高病原性鳥インフルエンザ
病原体は鳥インフルエンザウイルス(A/H5,H7 など)である。
特に病原性の高い鳥インフルエンザウイルスによるトリの感染症を指すが,香港,オランダなどで患者から鳥インフルエンザが分離された事例がある。
このウイルスはエンベロープを有するウイルスであり,消毒薬抵抗性は比較的低い。
A 型インフルエンザウイルスにはH1〜15,N1〜9 の亜型があり,ヒトに感染する亜型はA(H1N1)型,A(H2N2)型,A(H3N2)などであり,そのほかは通常トリに感染するがヒトには感染しないとされている。
この鳥インフルエンザウイルスがヒトへの感染力を高めた場合には大流行が懸念される。
感染防止は標準予防策に飛沫感染予防策を追加して行う。
- サル痘
病原体は痘そうウイルスと同じポックスウイルス科オルトポックスウイルス属のサル痘ウイルス(モンキーポックスウイルス)である。
エンベロープを有するウイルスで消毒薬抵抗性は比較的低い。
2003 年6月に米国でペット動物(感染して発病したプレーリードッグなど)に近接したヒト等71 例の報告があった。
その後もサルなどの霊長類に散発的に発生している。人獣共通感染症である。
このウイルスは,1970 年にコンゴ民主共和国(ザイール)で発見されたもので,オルトポックスウイルスの一種が病因で,臨床的に痘そうに類似しているが,生物学的にも疫学的にも痘そうとは異なる。
症状は,発熱,倦怠感,頭痛,筋肉痛,リンパ節腫脹などであり,発しんは痘そうと同様に次第に盛り上がり,水疱から膿疱となって痂皮で覆われてくる。
器材の表面の消毒には次亜塩素酸ナトリウムが使用される。
感染防止は標準予防策に加えて,飛沫予防策と接触予防策を追加して実施するが,場合により空気予防策が必要となる。
種痘はサル痘を予防するのに有効であるとされている。
- 腎症候性出血熱
病原体はハンタウイルス(ブニヤウイルス科ハンタウイルス属)が主で,エンベロープを有する。
ウイルスのキャリアとしてドブネズミが確認されている。
ヒトからヒトへの感染はないが,急性期の患者の血液や尿からはウイルスが分離されている。症状は発熱,出血,腎機能障害である。
感染防止には標準予防策を実施する。
- デング熱
病原体はデングウイルス(フラビウイルス科フラビウイルス属)であり,エンベロープを有する。
感染蚊であるネッタイシマカの媒介によりヒトに感染する。熱帯,亜熱帯地域に分布している。
症状は発熱や発しんであり,出血や血圧低下を示す場合もある。
感染防止は標準予防策であり,患者の血液や体液を介した感染の防止が大切である。
- ニパウイルス感染症
病原体はニパウイルス(パラミクソウイルス科パラミクソウイルス亜科ヘニパウイルス属)であり,エンベロープを有する。
従来,オオコウモリの体内で生息していたウイルスが,養豚場のブタの尿,唾液,肺分泌物を介してヒトへ感染した。
ウマ,イヌ,ネコにも感染する。ブタの尿や鼻汁で汚染されたものによる接触感染である。
症状は,ヒトでは神経症状が主体であり,激しい咳,痙攣,呼吸器障害のため開口呼吸などがみられることもある。
感染防止は標準予防策と接触予防策をとる。
- 日本脳炎
病原体は日本脳炎ウイルス(フラビウイルス科)であり,エンベロープを有する。
感染しているブタなどを吸血したコガタアカイエカの媒介により感染する。
ウイルスが中枢神経系へ侵入して,頭痛,発熱で発症する。
症状が進行すると髄膜刺激症状としての項部硬直やKernig 徴候などがみられる。
意識障害や昏睡となることもある。
感染防止は標準予防策をとる。患者の血液や体液の取り扱いには注意を要する。
- ハンタウイルス肺症候群
病原体はハンタウイルス肺症候群ウイルス(ブニヤウイルス科ハンタウイルス属)であり,エンベロープを有する。
ウイルスのキャリアはシカシロアシマウス(北米),コトンラット(南米),コメネズミ(南米)などである。
日本には生息しない。症状は突然の発熱であるが,進行性の呼吸困難や頻脈がみられ,肺水腫様の症状やショック症状を呈する。
感染防止は標準予防策をとる。
- Bウイルス病
病原体はBウイルス(オナガザルヘルペスウイルス)であり,エンベロープを有する。
マカカ属サルが媒介となり,感染サルに咬まれたり引っ掻かれたりして,サルの唾液が創傷に付着することにより感染する。
創傷部位に水疱や潰瘍を形成する。所属リンパ節の腫脹や発熱,頭痛,下半身麻痺などの症状が進行する。
感染防止は標準予防策をとる。
- リッサウイルス感染症
病原体はリッサウイルス(ラブドウイルス科)でエンベロープを有する。
リッサウイルス属であるラビエスウイルスによる狂犬病と類似の症状を呈する。
宿主ないしベクターは,大翼手亜目や小翼手亜目(食虫コウモリ,オオコウモリ,食果実コウモリ)などであり,ウイルスを有するコウモリに咬まれたり,引っ掻かれたりすると感染する。
症状は,狂犬病と類似の運動麻痺や呼吸障害などが中心であり,致死性である。
有効な対策はない。国内ではまだウイルスは見つかっていない。
感染防止には標準予防策をとる。感染リスクの高いヒト(ウイルスを取り扱う専門家など)は事前に狂犬病ワクチンの接種を行う。